ゆかりの会の皆様、今日は。竹田代表幹事のあとを継ぐリレーエッセー。
僭越ではありますが、総務担当幹事札幌出身増田が第2回担当として発信いたします。
さて、新生北海道ゆかりの会は、竹田代表幹事がいなければ今の繁栄は考えられません。会計担当長谷川女史(旭川出身・公認会計士)、広報名簿担当吉沢さん(雄武出身・前よみうりアメリカ編集長)、東京探題。HP担当一足先帰国の熊谷さん(札幌出身・公認会計士)、催事担当三上氏(渚滑出身・旅行会社社長)、広報・編集・料理担当さすが元新聞記者博学の武藤さん(江別出身・ジャーナリスト)等、多才で有能な方々立ちの協力や献身的奉仕があったとはいえ、竹田氏の他人の意見をかえりみない(?)強力なリーダーシップがあってこそ、このように楽しく、強大なサークルが出来あがったと、長老増田として誇りに思っている次第です。特に毎回週刊「NY生活」に活動内容を載せていただいている三浦さん(釧路出身・前よみうりアメリカ編集)は創立以来の強力メンバー。ここまで続けてこられたのは、矢張り上記の方々のもと毎回御参集下さる会員・仲間の北海道人独特の和気あいあいの雰囲気が長続きの秘けつと感謝している次第です。
このエッセーが発信される頃はBUSH対KERRYの決着もついていることと思い、丁度節目を迎え、近況も含めお送りする次第です。最初から悲しいお知らせ(少なくとも私にとっては)をしなくてはなりません。私はとうとう定年を迎え、長年(通算14年)住み慣れたニューヨークを10月1日にはなれました。従って今この原稿は日本から送っております。
喧噪のニューヨークから一転、静寂な住宅街(千葉県我孫子市)に戻ってきて浦島太郎もびっくり静かすぎて気が狂いそうな日々であります。その静寂さを破って、突然電話が鳴り、誰かと思いきや、先述の熊谷氏から。「増田さん早くニューヨーク北海道ゆかりの会東京支部を立ち上げましょう」という内容です。小生、竹田代表のアイディアも聞いており、その場でOK。追い討ちをかけるように「早くリレーエッセーの原稿を送ってください」との催促。小生、ニューヨーク−成田−北海道−千葉の行脚の時差ボケも直らぬまま、誇大な引越荷物の山の中でこの原稿を書く始末。
改めてゆかりの会の皆様、ありがとうございました。9・11後あらゆる事が走馬燈のようにめぐっております。本当に私にとっては、この活動をとおして知った人達との経験は最大の財産であり、一生大切にして生きてまいりたいと思います。帰国まもなく支離滅裂な文章お許しください。今後共、会の皆様の益々の御健勝と御活躍を祈っております。先述の熊谷氏と東京支部を地球の裏側で支えておりますので、日本に関する事、何なりとお申し付けください。
増田捷紘さんから吉澤信政さんのご紹介
ルールにより、次のリレーエッセー第3回目として、ご紹介させていただきます。吉沢さんの登場です。吉沢さんは現在会計担当の長谷川久美子さんと昔の「北海道ゆかりの会」を立ち上げてきた生き証人とも云える人。出身県にかかわらずニューヨークに長く居る人は大なり小なりこの方のお世話になった人数知れず。ゴルフでは私は遂にこの方に大分預金をしておりますが、吉沢さん、では次をお願いします。さようなら。
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