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リレーエッセイ 第3回 吉澤信政さん



春雪のニューヨークからふるさとを想う

今、ニューヨークは春の雪が舞っています。本当に牡丹のような大粒の雪がオフィスの窓に向かって吹いてくる。ここで、一句といいたいところだが、私は、増田さんや竹田っちのようにだじゃれは吐けません。また、むとっちやはせくみこと、長谷川久美子さんのようにしゃれた文句を、こそばゆうて、よう書けません。

私の町はオホーツクに面した人口5500人の雄武町といいます。知っているのは、渚滑町出身の近鉄の三上さんくらいでしょう。でも、自慢はたくさんありますよ。昨年の甲子園大会で、わが母校、雄武高校が、北北海道大会で決勝まで行ったんだ。奇跡だね。勝てば。でも、旭川北に逆転負けして、甲子園の土は踏めなかった。しかし、雄武高校の思いは駒大苫小牧に乗り移ったみたいで、全国制覇したんだからね。オレは雄武高校の執念が伝わったと見ている。いや、絶対そうだ!。

また、わが町にはうめぇーものがぎょうさんありまんのやわ。5月からはホタテだな。とりたてのホタテを刺身、フライ、バター焼き、しょうゆ焼きーーーー。毛ガニ、ウニの味もことばでは伝えられない。子どもの頃、食卓にいつもウニ、すじこ、毛ガニの酢の物など並んでいて、我が家は貧乏だったから、カレーライス(我が家はライスカレーといっていた)にはお肉が入っておらず、毛ガニの身が山ほど入っていたのもかかわらず「かあさん、もっとおいしいものないの?」なんて、今から考えると贅沢きまわりないこと、平気でいってたんだよね。長年、アメリカに住んでいるとふるさとが懐かしくなってきます。人生の最後はやはり北海道かな、なんて考えること自体、おじいちゃん化しているんだな、と思います。私も、56歳になりました。

因果なもので、55歳で仕事(読売アメリカ)を失い、生まれて初めて”自立”しました。なんでなの?、と自問自答しても始まりませんが、これも運命なのかも。肝心の仕事は、自立に程遠いのに、ボランティアでは「吉澤流」で頑張っております。うちの社員(1.5人)から「お金にならない仕事ばかり引き受けてきて!!」と叱れれております。本当に自分は経営者に向いていない、とつくづく思いますね。「お金にならない仕事ばかり引き受けてきて」も生活できる仕事、誰かさがしてくれませんか?。(吉澤信政記)

吉澤信政さんから武藤芳治さんのご紹介

順番からいくと、やはりむとっちかな?。
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